今日は、大切なことを数回に分けて、お話しします。
(特に治療家の方には、役に立つかもしれません)気功という言葉はひとまず、市民権を得ましたが、
この言葉ができたのは1956年、63年前の事です当初は中共は歓迎しますが、社会的な力になったので、潰します
1976年文化大革命が終わり、再び、解禁になり、1985年からは、気功が外貨を稼ぐ輸出品となり、日本で気功ブームが起こります35年前の話です
しかし、1999年、気功巨大集団、法輪功の中共政府による弾圧と共に再び、気功は下火になりますが、病院や公園内の気功は、今でも許可されているという状況です
(写真は法輪功のマーク)
日本では、古来より手当てと言って、気功はありましたし、
野口整体も整骨よりは気功に近いものですが、
晴哉先生の死後、名前だけは一人歩きしても、技術や概念が進歩したわけではありませんいわば、気功という野口整体をも含む概念は、
35年間、試行錯誤の中にあると言っていいでしょう逆に、言えば、気功の可能性は、これからであり、
まだ自由な日本でこそ、今のうちに進歩向上させておくべき代物と言えるでしょう
NIHONJIN KYOKAI · ARCHIVE
大切な話の前振り

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