今回の旅は古代ユダヤと日本の神社の関係を明らかにする滝沢泰平さんのツアーに参加する事から始まりました。5日イスラエル到着!7日前日の街が空襲の報告が入り、滝沢さんと私の部屋で会議!すでに二人の神経性の腹痛者が出て病院との連絡入る。
出エジプト記②
直ちに空港が閉鎖され帰国の道が閉ざされたが、
dowsing AYAが10/14は空港は開き、週2回にしか飛ばないエルアル航空はその日、飛ぶと出た。
その事を滝沢氏に伝えると共に、すでにHitomiを首に掛けていた彼に持ってきていたAYAを貸与
<出イスラエル記③>
実は出発前にもう一つAYAが必要になるので持っていけとAYAから言われた。
使用方法も滝沢氏に伝えた。
「なるべく悲惨さを伝えないように移動し、出来るだけ全員一緒に無事に脱出しましょう!」と約束した。
翌日から南に下ったがいつも前日居た所が爆撃に遭い紙一重🤗!
<出イスラエル④>
個人的には AYAとサムハラに救われた!
しかし、28人のクルーは完全に滝沢氏に救われた。
元々、講演を一緒にやったり気心も知れ、信頼し合っていたから滝沢氏と組めたが、普通のリーダーならダウジングなど信じてもらえない。
非常時はリーダーの判断がすべて!日本は?
<出イスラエル⑤>
それにしても、何で?そんな危険な体験を??
儂はカタカムナ(サムハラの本体)に仕組まれたと思っている。
たった28人の人だが、その命を背中に背負って、7日から15日までの1週間を過ごした。
重荷だった。解放された、。
これからの世界に向けての先行体験だと思っている
*写真はガリラヤ湖 10/8 多くの人はまだ、事態が
よく実感できていない頃、この後、事態は深刻化する
このブログは、さえぐさ誠先生のFacebook投稿から記事を転載してアップしています。