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さえぐさ日誌

2024.09.05

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  • 歴史

2度目の敗戦

三島由紀夫は1970年昭和45年11月25日に
自衛隊本部で怒りの割腹自決をしたが、
その真因は1946年正月の新聞操作による
人間天皇宣言が実質上の日本の降伏条件であった
『国体護持』の敵国米国の違反行為であった
ことを、彼だけが見抜いたからである😎
三島が死んだ翌日、
当時、高校3年生の小生はハンガーストライキと
カーテンに書いた檄文で抗議したが、無能な高校
教師にそれを引き摺り下ろされた嫌な思い出が
今も疼く😎
日本の国体はスメラミコトの存在によって、
担保される!
しかし、それが無ければ、日本ではない😎
力学関係だけのネイションになってしまう。
それは、日本ではない!🤗

このブログは、さえぐさ誠先生のFacebook投稿から記事を転載してアップしています。