戦争花嫁とその後
ジャイアン・アメリカがベネゼエラで
暴れています!🤗
https://youtu.be/yyk34Y9RMVk
しかし、考えてみたら、アメリカという国は、
独立したのは1776年7月4日ですが、そこから
100年かけて、アメリカ原住民を◯戮し始めて、
1890年に実質、彼らを滅ぼした後はさらに西へ
1898年ハワイ王国を奪い、同年、フィリピンの
領有権をスペインから奪い、さらに1941年、
極東の小島JAPANを簡単に奪うべく戦うも難航
し、民族浄化まで計画されたが、危うくその前に
戦いは終わったが、担当者はフィリピン陸軍元帥
であったマッカーサーが戦中と戦後の指揮を取った。
占領期間中、ずっとマッカーサーがかぶっていた
軍帽子の徽章は、フィリピン陸軍元帥のものであり、
敗戦後、日本に来る前にフィピンに寄ってから来日
している。彼にとってはフィリピンから続く植民地
経営の一環であった。
なお、マッカーサーが9月2日の米艦ミズーリー号上
での敗戦降伏文書調印式の際、今でも原爆投下の
エノラ・ゲイ機の実機を展覧しているスミソニアン
博物館から、中途パンパな占領条約で終わった最初
の証として、1853年にペリーが乗って来た黒船の
軍艦旗をわざわざ持って来させて、調印式典に飾った
のもマッカーサーの意志という念のいれようである。
白人国家の植民地意識への執着は凄まじい。
大東亜戦争でほとんとの植民地を失くした
白人国家だがフランスとアメリカが一部維持
しているが、その両国の言葉が国連の正式語
であるのも一つの証左であり、アメリカは
依然、白人社会の見本なのかもしれない🤗
このブログは、さえぐさ誠先生のFacebook投稿から記事を転載してアップしています。